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Yuko Bourgogne Raisindor

ぶどう樹の涙 Pleurs de la vigne

更新日:2020年1月15日

ブルゴーニュの長い冬も終わるころ、 ぶどう樹の涙 pleurs de la vigne を見ることがある。 冬の剪定で切られた枝の先からポタリポタリと流れるその涙は、

ブドウの樹液。 まるで内側から洗われていくように、

透明で、さらりとして、味もない。


気温が氷点下に落ちる日が一週間も続けば、ブドウ樹はゆっくりと冬眠に入るという。 この冬眠は 一年の疲れを癒す大切な休息。 ブドウ樹にもし魂があるとすれば、 私はそのとき、魂は根を伝って地中奥深く沈み、

大地に抱かれ、対話しているように思えてならない。





二年前の冬 、ロマネコンティから エシェゾーに向かってグランクリュの心臓部を歩いた。

シトー派の修道士たちがさらなる品質向上を目指して畑の真ん中に建てた古い醸造所は、クロ・ド・ヴージョ城の後方に今でも静かに佇んでいる。その古い屋敷の屋根や、農家たちのカボット(▼)が、この辺りの風景を特徴づけている。

刻々と春を待つ、グランクリュの土壌に生命を預けたブドウ樹たち。

その年、シャンパーニュでも20年ぶりといわれる大雪が降って、波打つ丘陵はすべて雪で覆われた。

真っ白な雪景色の、まるで止まったような時間の中で、その大地に足を踏みしめながら、ジンジンと伝わってくる生命の強さを私は感じていた。

まるで陸上選手のスプリンターのようなしなやかなバネで、春の陽光の到来と同時に一斉に芽吹いてスタートを切ろうとしているのだ。 確固たる長い息吹、大地の歴史の記憶。これが、グランクリュの力。 丘の中腹を走る地電流 courants telluriques souterrains があるともされ、それが生物に影響を与えているとも言われている。

人間はそれに魅了されて、この土地の文化を継ぎ、未来につなげようとしている。

2015年にコート・ドール県の1247の畑がユネスコの文化遺産に登録されている。






2020年の幕開け、新たな10年間の始まり。 ブルゴーニュの最初のイベントは、1月末にジュヴレ・シャンベルタン村で行われる巡回サンヴァンサン祭。

生産者たちの救済組合が団結のしるしに行うもので、1938年にシャンボール・ミュジニー村で開催されて以来、毎年ブルゴーニュのどこかの産地で行われ、祭りの開催地は持ち回りで約20年ごとに同じ村に戻ってくる。


この長い長い歴史と文化の担い手たちの舞台で、 ちっぽけでごく平凡な日本人の私もまた、2020年から始まる新たな10年間を生きていくことになる。


人間の涙は熱くてしょっぱいけれど、 経験を積んで、厳しさを知って、それでもなお春になれば

暖かな日差しに応えて透明に純化した涙を流せる。 そんなブドウ樹は素敵だな、と私は思っている。


そして今年もまた、実をつけようとしているのだ。 なんという壮大な繰り返し、なんという根の深さなのだろう。

幼少のころ母の口ぐせだった、「自分らしく」という言葉。 それなしには生きていけないし、それこそが生物の基本なのだろうと思う。


ブルゴーニュの地に生き、自分らしく、日本人らしく、最初に抱いた初心を忘れずに。 一歩一歩を大切に、この仕事を続けていきたいと思います。

ブルゴーニュにいらしたワインの愛好家たちに、その魅力がちゃんと伝わりますように。

著者 裕子ショケ

Bourgogne Raisin d'or


(雪景色の写真は2018年3月2日、巡回サンヴァンサン祭は2016年イランシーで撮影しました。)


▼ カボット (cabotte)悪天候時の避難や休息、農耕用具の置き場として使われた畑の中の小屋










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