秋から冬へ、師走のついたち。一年の締めくくりに企画した最後のオンラインは、ブルゴーニュを代表するオスピス・ド・ボーヌの栽培&醸造長ルディヴィーヌ・グリヴォー氏というビッグなゲストをお迎えして無事完遂することが出来ました。この日を楽しみにご参加くださった皆様に心から御礼申し上げます。
「ワインを片手にお祭り気分を味わいたい!」というご参加者は多いはず。温かい冬の食卓、テレビの旅番組、時と場所をタイムスリップしてリラックスしたい夜。そんなことを想像して、開始前の待ち時間から楽しんでいただけるようちょっとした余興ビデオを制作。
予定では、秋のコート・ド・ドールのブドウ畑を散歩し、お祭りの当日を迎え、賑わうボーヌの街をそぞろ歩きして中継開始場所に辿り着くVTRで終了し、現地に切り替わる筈でしたが、生中継にハプニングはつきもの。畑散歩のVTRが終わった時点で開始時間を迎えてしまい、街歩きのビデオは花火の不発弾のように一瞬で散りました笑(本ページ掲載写真の多くはスライド式のアルバムになっています。ページをめくってご覧ください。)
本日の中継地はオスピス目の前のバルタール・カフェ。テーマに相応しい最高の立地です。実はオーナー兄妹が友人で、快く承諾してくださいました。
皆様もぜひボーヌを訪れた際はこのブラッスリーで一休みしてみてはいかがですか?
「ワインを一本注文するとシャルキュトリーとチーズの盛り合わせをサービス!」なんていうサンパな企画もあって、2階席の窓からはオスピスが目の前に見えます。店内はこんな感じです。(アルバム↑)
さて、秋といえば「芸術の秋」。ワイン片手に美術鑑賞も出来たらいいですよね。
そんなイメージで、今回のオンラインは3部作にしてみました。
◆ オテル・デュー館内の観光(美術品あり)
◆ 栄光の三日間のお祭りそぞろ歩き
◆ オスピスの栽培&醸造長 グリヴォー氏とのZOOM生対談、オークション取材!
難関はと言えば、「オスピス・ド・ボーヌ」がブルゴーニュの代表格である事。敷居の高いオスピスのオークション取材とこのオンラインイベントを可能にするためには、テレ局同様の契約を取り交わす必要があり、その時お世話になったのが広報のジュリエットさん。
ボーヌ市民病院とその原点であるオテル・デュー(ブルゴーニュ公国時代から550年間も貧民を救済し続けた施療院)との関係、オスピスの自社ワイナリーとオークションの目的について、関係者の視点から分かりやすくご紹介いただきました。
今回のオンラインの準備を始めたのは7月、冬の中継日とは対象的な、夏の朝の映像です。
アルバム(ページをめくってください。)
そして、栄光の三日間 Trois Glorieuses については、
「オークションはお祭りを盛り上げるためにあるのですか。」という質問を採り上げる事から始めました。
簡単に言えば、先にオークションがあり、次第にお祭りの形になっていったのです。
Trois Glorieusesが象徴する3つの栄光のイベントは、11月第3週目の日曜日のオークション、その前夜/翌日のブルゴーニュ利き酒騎士団新メンバー叙任式、ムルソーのポレ(収穫祭)から成っています。最も歴史の古いオスピスのオークションに、後者2つが日にちを合わせることによって、この週末に世界中から沢山の人々が集まるようになり、現在のお祭りの形になっていきました。
今回のオンラインを機に、お祭りの歴史的背景、内容、プログラムを簡潔に纏めたブログを、ボーヌ観光局に投稿しました。また協賛してくださったベルトラ社も「初心者のお客様から見た視点」からインタビュー記事を載せてくださっています。
どちらも将来現地でお祭りを体験したい方にお役立ち情報満載ですので、ぜひご覧になってみてください。
♯ ボーヌ観光局ブログ
♯ VELTRA『栄光の三日間』プロローグ
第一部:オテル・デュー館内見学
アルバム(ページをめくってください。)
ボーヌの街の中心に佇むオテル・デューは、大手旅行会社のブルゴーニュの旅なら必ず訪れる場所。
コロナ禍の前には団体客のお客様を年に十数回はガイドしていた時のことを思いながら、順路通りに、お見せしたい部分をクローズアップして、私なりのストーリーを組み立てた観光VTRを作ってみました。今説明している部分を望遠で寄せてお見せできるのは、視線を誘導しやすいという点で、実際にご案内する時より分かりやすかったかと思います。
VTR再生中、早くも第三部のグリヴォー氏が到着!とても有難かったです。一緒にVTRを見ながら親交を深め、後の対談の話題に備えてみました。オスピスのワインを担う醸造長だけに、彼女の仕事のスケールは大きさも忙しさも格段に違います!
寄付などで貢献した富裕層の患者のために増築された「聖ユーグの部屋」では、キリストが起こした数々の「奇跡の救い」の絵画に合わせて、フルートとピアノのアンサンブル「アヴェ・マリア」をバックに挿入してみました。慈悲や救いのイメージがこの病室の絵画に沿うと思ったのです。曲とピッタリだとチャットでお寄せくださった方がいらっしゃり、とても嬉しかったです。(因みにオープニング前に流した「黄金の丘の散歩」のVTRに合わせた曲は「いつも何度でも」。秋の郷愁を込めて、ピアノは自分で弾いています。)
第二部:お祭りそぞろ歩き
アルバム(ページをめくってください。)
歴史の深いオテル・デュー拝観後は、いよいよ栄光の三日間のお祭りです!
グリヴォー氏との会話を楽しみながらVTRに合わせて一緒にコメントを入れました。
ボーヌの街が一気にお祭りモードに盛り上がるのは土曜日のマラソン。10.4kmのFoulée Beaunoisと20.1kmのセミマラソンがあり、スタートの瞬間には大勢のランナー、そして見物客が集まります。
偶然ですが10.4kmのマラソンには、グリヴォー氏のお嬢様も参加したとのこと!VTRでお見せしたランナーのどこかにいたはずなのです笑
今年は街中のお祭りはそれでも縮小されていました。
オスピス・ド・ボーヌのワインの生産量はここ30年以来最小の349樽にまで落ち込んでしまったため一般向けの試飲会場は開かれず、バイヤーのみ開催となってしまいました。
また、地元の高校生による樽造りや、景品つきコルク抜き大会も行われませんでした。
それでも中心街には地方名物のスタンドが沢山出て、地元の人たちは野外で飲食を楽しんだり、音楽隊のリズムに合わせて踊ったり、友だち同士ワインを片手に歌を歌ったりして盛り上がっていました。寒さを忘れさせるお祭りムードです。
そしてメインとなるオークション開始。
会場前の大画面にグリヴォー氏が映り、音楽が流れ始め、オスピスの歴史やワイン畑について説明します。祭事用の鐘も音も鳴り響いて、人々はオークション開始を見届けようと続々と広場に集まってきます。
オークション中 最も盛り上がるのは、慈善団体に寄付する一樽「ピエス・デ・プレジダン」。今年は228リットル入りのコルトン・ルナルド・グランクリュ。出来るだけ値を吊り上げて多額を寄付しようと女優・俳優が采配を代わって盛り上げます。
結果として今年は過去最高を上回り、たった一樽(約300本)でなんと800万ユーロ(日本円にして約1億4千万円)!女性をテーマに寄付先として選ばれた2つの慈善団体は、Solidarité FemmeとInstitut Curie。女性を暴力から守る団体と、乳癌の治療開発のために医療機器を必要としている癌研究センターです。寛大な落札者はロンドンのエノ・グループ、マッティア・タバッコ氏。4年前からオスピスの常連バイヤーとのことですが、お母様を癌で亡くしたことから、今年の寄付先には特に思い入れがあったそうです。
第三部:オスピス醸造長 ルディヴィーヌ・グリヴォー氏とZOOM生対談
Régisseur du Domaine des Hospices, Mme Ludivine Griveau
お待ちかねのグリヴォー氏との生対談です!
2015年、オスピス歴代の醸造長の中でも最年少の36歳で就任、そして初めての女性醸造長。その年は天候に恵まれビッグヴィンテージであった事も手伝い、オークション総額は過去最高を記録し、ピエス・デ・プレジダンはその後5年間も記録を破られることがなかったほど高値で落札され、幻のエピソードになっていました。(以下、バイヤーに配られた今年のオークションリスト、過去の売上総額推移、一樽の平均価格、ピエス・デ・プレジダン落札価格を纏めた資料です。)
栽培長と醸造長の両方をこなし、北はシャブリから南はマコネのプイイ・フイッセまで、60ヘクタールに及ぶ117ものブドウ畑の区画を管理し、23人の従業員を指揮して50のキュヴェを生み出すグリヴォー氏。
「畑ごとに個性が違った」50種のキュヴェは、今年は349樽と生産量が激減したものの(例:2018年843樽)、総売上高は12 600 000ユーロ(ピエス・デ・プレジダン落札価格を除く)にまで上り、一樽の平均落札価格はオークション史上断トツの34 980ユーロ(約455万円)、慈善団体に寄付されたピエス・デ・プレジダンは昨年の記録を更新して800 000ユーロ(約1億4千万円)にまで上りました。※挿入した資料は仮に1ユーロ130円で計算しています。
栽培もさながら、収穫直前~醸造にかけてはどんな些細な失敗も許されず、長期の集中力と体力・精神面での自己管理が必要となります。そのためには日頃からジョギング、筋トレ、瞑想などをして、自身で計画を立て、調整しているそうです。
そこで見せていただいたのは、「手」。
グリヴォー氏の「手」は意外にも女性的で美しい手でした。(ご本人はあまり綺麗ではないからと恥ずかしがっていましたが。)
「司令塔」として全体を監視し、迅速・的確に判断し、指示を出すのが彼女の役割。
前歴からもちろん自分で全てが出来る手腕を持っています。でもオスピス規模のワイン造りでは、全体を監視する必要があり、現場を走り回り、頭脳を生かして状況を見極め、効率よくチームを引っ張る「司令塔」が必要なのです。一般の生産者の、あの澱の浸み込んだ皮の分厚い手を想像していた私は、しなやかな手を見たとき少し意表を突かれましたが、23人の従業員たちが彼女の手足となって一丸となり、彼女を中心とする『チームで造るワイン』、それがオスピスのワインなのだと思います。
今年のように栽培が難しく、ブドウが繊細で傷つきやすい年は、オスピスの優秀な機材やテクノロジーが大いに役立ったとのこと。多くのドメーヌで「今年はカラーの採れない年」と言われている中、彼女のワインは鮮明で美しいカラーを呈しています。
「私はカラーを採ることで有なんです。」
とご自身も自負する、女性らしい華やかさを感じさせるワインの色です。
ここで2016年のオスピス・ド・ボーヌ「コルトン・グランクリュ・ドクター・ペスト」を落札された愛好家の細沼様からご質問をいただきました。
—2016年のヴィンテージの特徴、飲み頃について、そして同じコルトン・グランクリュのもう一つのキュヴェ、シャルロット・デュメイとの違いについて教えてください。
—どちらともコルトン・グランクリュ「ブレッサンド」の区画を含むという点で共通していますが、ドクター・ペストは「レ・ショーム」の区画、シャルロット・デュメイは「ルナルド」の区画が加わってきます。そのため味わいが異なります。
ドクター・ペストは重厚感があってタンニンが強く長期熟成型、シャルロット・デュメイはエレガントで繊細な特徴を持っています。
グリヴォー氏の回答は、細沼様がご自身で試飲した時の印象と合致しているとの事で、とても納得できたとの事でした。それにしても50ものキュヴェの新酒の試飲で、繊細な違いを感じ取り、それを記憶できるのはものすごい試飲力です。ルディヴィーヌさんもその試飲力を絶賛します!
細沼様の「コルトン・ドクター・ペスト」は落札後ドメーヌ・シモン・ビーズに預けて熟成し、素晴らしいワインに仕上がったとのこと。
グリヴォー氏曰く、2016年は春の遅霜の害で早期に芽が落ち、少ないブドウが太陽を豊かに浴びて育ったので、「喜びを与える凝縮感」があり、来年2022年から8年間くらいかけて、飲み頃に達したワインの段階を楽しみながら開けられるでしょうとの事でした。
アルバム(ページをめくってください。)
そして彼女と一緒に一年を振り返り、まずは栽培のシーンをご覧いただきました。
霜害で誰もが肩を落とした4月からスタートし、生き延びた生命が尊いブドウをつけて花を咲かせ、実り、117すべての区画の糖度チェックを3回繰り返して収穫日を定めます。オスピスでは今年140人の収穫者を雇ったそうです。
次に、収穫開始当日に私が訪れた醸造所。ドメーヌ・デ・オスピスの経営の独自な仕組みについてもご説明してくださり、その短い間にも収穫されたブドウが続々と運び込まれ、選果され、キュヴェに運ばれていきます。 収穫開始を「舞踏会を開く ouvrir le bal」と表現し、一年の集大成が委ねられる醸造~樽詰めまでの1か月余りを、幻想fantasmeのように感じる事さえあるのだと言う、彼女の精神の高揚が伝わってくるようでした。
長丁場を経てやっと無事に樽に収められた50種のワインが競売にかけられます。彼女にとっては生まれたばかりの赤子を誰かの手に託し旅立たせるようなもの。
会場でも、壇上脇でオークションの様子をずっと見守っていらっしゃいました。
「あの時、どんな気持ちでオークションを御覧になっていたのでしょうか。」
とお聞きすると、
「安堵です。」
とのご回答。高値で落札されていくということは、良いワインを造る事が出来たという事で、soulagée「安堵」以外に他ならないのだそうです。
オスピスの協力でプレスバッジをいただいて取材した「ピエス・デ・プレジダン」の競売は、会場内でリアルな落札の瞬間を収録したVTRです。
結果的に落札価となった800 000ユーロの直前780 000ユーロまで競り合ったのは、ボーヌの大手ワインメーカーAlbert Bichotの社長Alberic氏。
たまたま記者たちに押し流され私が落ち着いた場所が彼の足元だったので、値を提示する彼の声まで聞き取れるくらいに臨場感のあるVTRを制作することができました。
当日は壇上脇で見守っていたグリヴォー氏も遠目には観られなかったこの映像を興味深く御覧になっていました。
伝統として、落札を決定するハンマーを下ろす前に
「一回、二回、三回 une fois, deux fois, trois fois」
と数え、バイヤーたちに悔いは無いか、更なる高値を出す者はいないかどうか、余裕を持たせてからハンマー(小槌)を下ろします。
落札者の顔を拝もうと後部座席へ走るカメラマンたち。
寛大な有志を貫徹した落札者が壇上に招かれ、采配者や慈善団体に挨拶をすると、会場中から「ボン・ブルギニヨン」の讃歌が沸き上がり、大きな寄付をした落札者を満場一致で称えたのでした。
ところで、この日オークション会場に集まったバイヤーたちは約700名。中には前夜のシュヴァリエの会合や翌日のムルソーのポレに参加する人もいます。
Trois Glorieusesの栄光のイベントの皮切り、オークション前夜のシュヴァリエ・ド・タストヴァンの会合にはグリヴォー氏も出席したとのこと。その夜の写真を見せてくださり、格式の高いドレスコードに合わせてロングドレスをまとった彼女は、とてもエレガント。
「醸造中とは違うでしょ。私だってエレガントになれるのよ。」
と屈託のない笑顔を見せるルディヴィーヌさん。
シュヴァリエの会には私自身も過去に5回ほど出席したので、その時の招待状やメニュー、写真などを皆様にお見せしながら思い出話をしました。
祭りの取りとなる「ムルソーのポレ」も同様、過去に出席した際のメニューなどを紹介し、ムルソーの生産者がワインを持ち寄る素晴らしい会だとのお話で盛り上がりました。
「でも、私がポレに出席することはあまりありません。オークション翌日はまだ胸がいっぱいなんです。」
とルディヴィーヌさん。
そうですよね。全てをかけた仕事が達成され、結果が出た翌日なのですから。感情が高ぶって、その余韻にしばらく身を置きたい気持ち、何となく分かります。
おまけのビッグニュースとしては、グリヴォー氏曰く、
「オスピスからワインを数樽買って、個人でもワインを出しています。」
さすがにオスピス醸造長のルディヴィーヌ・グリヴォーの名でワインを出すことは禁止されているそうで、お子様たちの名前でネゴスを立ち上げたのだそうです。
(ネゴス:買い付けたワインを自分の名で販売する会社形態)
日本でも見つかるかもしれませんね!
オンラインの時間はあっと言う間に過ぎ、終了時間を迎えました。大臣なみに忙しいグリヴォー氏。
前職で2度ほど来日した事があるそうですが、今度はぜひオスピスの醸造長として、日本で展示会を開き、愛好家と意思疎通をしたいとのこと。
「日本人は、親が子に教えたいような寛容さ、謙虚さを持っていて大好きです。いつか家族を連れて訪れてみたいと思っています。ブルゴーニュのワインを、そしてオスピスのワインを好きでいてくれて本当に有難う。今日参加してくださった方々、本当に有難う。いつかきっと日本でお会いしましょう。」
とのお別れの言葉をいただきました。
私にサプライズまで用意してくださり、オスピスのワインをいただきました!
オスピスのワインは基本的に全てオークションにかけられるのですが、オテル・デューのブティックや、病院で働いている人たちへのクリスマスのプレゼント、特別なイベント用に、毎年いくつかのキュヴェだけ、オスピスのリザーブワインとしてストックされるのだそうです。
いただいたのはムルソー2017年 キュヴェ・ロッパン。感無量でした。何故ならグリヴォー氏が忙しくて大変な時にも連絡を取らなければならない場面もあり、時には自問自答するストレスもあったので、最後にご好意をいただけた事で、彼女からもⅤサインをいただけたような気がして、「やり通して良かったのだ」と思えた安堵の瞬間でした。
1月のシャンベルタン、3月のモンラッシェ、5月のヴォーヌ・ロマネ、6月のムルソー、10月のコルトン、そして12月に行われたブルゴーニュの最大のお祭り『栄光の三日間とオークション』。ズームで旅していただいたブルゴーニュ・レザンドールのオンラインシリーズは如何でしたでしょうか。ご参加くださった皆様、そしてリピーターの皆様に心より感謝申し上げます。
中継当日に冒頭でチラッとお話しした新たな相棒(新車)と共に、いつかコロナが収束した際には皆様を気持ちよくお迎えできるよう心から願っております。どうかお気軽にご連絡ください。
皆様、お元気で、良い年末年始をお過ごしください。
Comentarios