3月21日(月)春分の日に、シャンベルタンの代表格ドメーヌ・クロード・デュガを訪れ、当主ベルトラン・デュガ氏のご自宅にて、『愛好家が自由に質問できる』@ホームなワインイベントを開催しました。VELTRA社に協賛いただき一年余り続けてきたオンライン・アカデミーの一貫です。
ドメーヌに到着すると『日本の桜』がほぼ満開!
年代の違う木が4~5本あって、それぞれが春に出会い、美しく花を咲かせ、この家の住人が日本好きであることを伝えてくれています。
ラベルに描かれたドメーヌの本拠は13世紀の建物。桜越しに同世代の教会が空に向かって尖塔を伸ばし、二つの建物は800年もの時代を共にして、ワインは鐘の音を聞きながら静かにセラーで『育てられて』います。
昨年1月、オンライン・アカデミー・シリーズの皮切りにご出演いただいて以来、『兼ねてから習いたかった』日本語学習欲に火がついた当主ベルトラン・デュガ氏。週に1回30分ズームで勉強を続け、忙しい中にも出来る限りキャンセルせずに粘り強く続けるその姿勢は、ワイン造りに一切の妥協が無い事と共通しているように思います。
既に過去に3回来日され、今年の秋にまた妹のジャンヌさんとの再来日を検討中とのこと。
本来なら先代クロード氏もジョインしてくださる予定でしたが、親戚とのアペリティフの際にコロナ感染者がいたことが分かり、接触後ご自身の陽性・陰性の判断がつかないため、大事をとって不参加となってしまいました。とても残念です。
それでも代替わりしてからもう久しく、現当主が全ての質問に正直に、誠実に答えてくださいました。
その時の会話をこのブログに掲載することで愛好家の方々にお伝えします!
着席のオンラインは少し緊張気味。開始前にチェックインされたお客様を誘っておしゃべりを始めてみました。
リラックスするきっかけをつくってくださったのは2019年のジュヴレ・シャンベルタン・プルミエクリュを開けて飲んでいらしたA.K.様。
◆「まだ30歳の友人が、ワイン関係で働いているわけでもないのにとてもワインに詳しく、『デュガの2019年は凄くいいから飲んでみてください!』と勧められたんです。
もともとデュガのワインとの出会いは2005年のヴィンテージ。とても美味しかったので、5本も同じワインを飲みました。」
第一声のファンからのメッセージがこれほどまでに嬉しいエピソードだったので、
「ありがとう!」
と日本語で応えるベルトラン氏。表情が一気にほころびました。
◆ 続いてH.S.様。
「幸運にも2019年(初リリース)のデュガの白ワインを入手する事ができました!今、大切に保管しています。」
とのチャットメッセージ。
ベルトラン氏曰く、
「白ワインは2014年から造り始めましたが、自分たちの赤ワインの質に見合うものができるまではリリースはしなかったんです。初めて納得できたのが2019年でした。」
全部で5樽と生産量は少ないですが、そのうち半分以上が日本に出荷されているとの事です。
◆ Y.N.様からのメッセージは、
「Je veux aller en Bourgogne !(ブルゴーニュに行きたいです!)」
コロナ禍で長らく日仏往来を阻まれたまま、ウクライナ・ロシア戦争まで始まってしまい、やっと近づいたかと思った夢も果無く遠のいてしまう...その繰り返し。なかなか叶えられない気持ちを直球で届けてくださったとてもチャーミングなメッセージでした。
因みにデュガ氏はジュヴレ・シャンベルタン村にGîte(旅行者への家貸し)を始めるために入手した家を、最近ウクライナからディジョンに辿り着いた避難民たちに、住居として融通してあげているそうです。
ジュヴレ・シャンベルタンの鐘が鳴り、いよいよ本番開始。
現在地とデュガ・ファミリーを紹介した後、
◆ M.H.様からの質問をご紹介。天候に恵まれなかった昨年2021年の改善の工夫について。
「2021年は霜や雹、雨など、難しい天候だったと聞いています。実際にデュガさんの畑ではいかがでしたか?どのような工夫をされたのか、ぜひ聞いてみたいです。」
これに対して当主は迷うことなく即答。
「とにかく畑に足を向け、ブドウ樹の状態を把握し働くことです。たくさん働くことなんです。」
受けてしまった痛手は自分たちが寄り添い働くこと以外に改善の道はありません。
昨年の霜害直後に録ったビデオがあったのでご紹介しました。
同じ区画でも霜害に遭った樹、逃れた樹があり、古樹、若樹でも反応が異なります。
ビデオ閲覧後、
◆「古樹は古樹で固まって生えているのかと思っていました。」
というごA.K.様の感想には、
「一つのソサイエティに色んな人がいた方が面白いのと同じように、ブドウ樹も色々あった方が面白いワインになると思うんです。」
◆ K.Y.様からは、
「20年程前でしょうか。あなたのワインを初めて呑んだ時、とても美味で驚愕しました。近頃の温暖化による栽培への影響はありますか?」
「ブドウ樹が育つ環境の変化に応じて、自分たちヴィニュロンも進化してく必要があります。私はフレッシュで酸があるダイナミックなピノ・ノワールが好きです。例えば酸を綺麗に得るために収穫日を早めたりという工夫もしています。」
◆ Y.Y.様からの質問は、
「毎年、ぶどうの出来栄えは異なると思いますが、ワインの品質を維持する為に絶対に妥協できない事は何ですか?」
「愛情amourを持って働くことです。
たとえ天災に遭ったブドウ樹でも、乗り越えて実をつけるように手助けし、成ったブドウは傷つく事のないよう大切に守ってあげます。
生産者の良し悪しを判断しやすいのはビック・ヴィンテージではなく、オフ・ヴィンテージなんです。天候に恵まれなかった年にこそ、私たち生産者がどう働いて、どうブドウを育てたのかの差がワインの品質に表れます。」
そして、話題はその後の「初夏」へ。
あれだけ被害を受けた畑は、一体息を吹き返すことができたのでしょうか。
凍って芽が落ちてしまった部分は「何もない」空洞となっているけれど、それでも寄り添って手を貸した「ヴィニュロンの手仕事」のお蔭で、畑全体としては生命の若緑一色に染まっていました。
「それまでずっと腰を折り曲げての作業だったのが、初めて立って出来る仕事」
との事で、ベルトラン氏が一年のうちで一番好きな仕事の一つに数えているのが「新枝を起こす」作業 relevage。
背の低かった春先のブドウ樹は、天空に向けて次々と枝を伸ばし、その成長速度にヴィニュロンたちがテンポを合わせるのがやっとなくらい。畑の中でブドウ樹のバイタリティを最も強く感じる時期でもあり、だからこそ、大変というよりは皆嬉しそうに作業をしていて、チームの息もピッタリでした。
そして、9月。収穫に向けて、ブドウを摘むタイミングを見定める作業prélèvement。
ここでは昨年の『収穫特集』ワインイベントで制作したビデオをギュっと短く絞ってご紹介。
4回に渡ってブドウ採取を行い、糖度を計り、酸度を分析して収穫日を詰めていきます。
「この時期はいつも感情が高ぶって複雑なんです。」
とベルトラン氏。
「美しいブドウを見ると早く摘み取りたいという気持ちに駆られます。私たちのドメーヌでは、一度ブドウを切ったら、ワインが造られたのと同じことです。醸造で変わることはありません。」
冒頭で古くからの愛好家A.K.様が、
◆「デュガのワインは子供たちの世代になって変わりましたよね。お父様のワインは凝縮感が凄くてどちらかというと濃いワイン、ベルトランさんになってからエレガント寄りになったと思います。」
とおっしゃったように、
父の時代より、酸を好んだ造りに変わり、ブドウ採取を始めたのも収穫を開始したのもこの年ジュヴレ・シャンベルタン村で一番手。
「酸を綺麗に出せれば、ブドウの自然味が生きてきます。
ワインは造り手その人のアイデンティティ・カードのようだと思うんです。父のワインは厳格でしたが、私は父の厳密さと母の近づきやすさの両方を受け継いでいます。だから私のワインはそういった意味でも父のワインより近づきやすいと思うんです。」
そして、10月、醸造。
苦難の多かった年ながら美しいブドウが運び込まれ、その瞬間からタンクでシンプルな醸造が始まります。プレスをして、私たちが中継をしている建物に初物ワインを運んで熟成樽に移し終えるまで、一連の作業を取材したビデオをご紹介しました。
マストの変化、自分たちのブドウを信頼してこその臆さないピジャージュ。デキュヴァージュ(仕込み桶からワインを引き出す)のタイミング、タンクから引いたばかりの‘’生まれたて‘’の新酒の試飲と将来の予想など...
その間にも、ベルトラン氏は参加者の中にワインを開けて楽しんでいらっしゃる方々を見つけ、話かけたくてうずうずしています。
◆ 悠に14年近く熟成した2008年のジュヴレ・シャンベルタンを開けて飲んでいらしたのはK.O.様。
「2008年は2本買いました。今が飲み頃だと思います。」
すると、
「2008年は私が父から初めて収穫日の決定を任された年です。」
と思わぬ偶然の一致。
ベルトラン・デュガ氏にとっても記念すべき年だった事が分かり盛り上がりました。
「2008年は真っすぐで厳密なので、ブルゴーニュ・ワインの真の愛好家向けのヴィンテージだと思います。」とベルトラン氏。
「あぁ、そうですか。私は大好きです。」とK.O.様。生産者も冥利に尽きる瞬間です。
「収穫日の決断、つまりブドウをどの状態で摘み取るかという問題は、ワインの質に直接関わってきます。ドメーヌ・デュガではブドウを切ったらワインが出来たも同然。醸造での修正は一切しません。あの日、クロードと意見が異なり、多少言い合いになりました。翌日父が私のところに来て言ったんです。「よし。お前が決めた日で行こう。」と。その瞬間、肩にどっと重荷を背負いました。」
◆ 2019年の村名ジュヴレ・シャンベルタンを開けていらしたJ.K.様ご夫婦は、
「ハイトーンで酸味が綺麗でタンニンがスムーズ」
とのご感想。
すでに瓶が空になっているのを見て、ベルトラン氏は嬉しそう。
「楽しんでください。」
と日本語でおっしゃいました。
K.様は以前ドメーヌを実際に訪れたご夫婦でもあり、ベルトラン氏もお二人の顔を覚えているとのことでした。コロナで海外からの来客がないので寂しい、今日お会いしている皆様も是非ドメーヌにいらしてください、ビアンヴニュです(歓迎します)、とのこと。
◆ 2018年のブルゴーニュを一人で一本空けてしまったというY.I.様は、他にもストックしている2本のプルミエクリュを画面で見せてくださり、飲み頃について質問。
ベルトラン氏は
「良い夜になりましたね。とても嬉しいです。
世界の反対側で自分のワインを飲んでくださっている人を見ると、自然と顔がほころびます。この後また畑に戻って働きますが、そこでもまだ私は笑っているでしょう。」
◆ K.T.様からは
「知人が以前デュガさんの娘さんに、
『日本人はグラン・クリュとか高いワインばかり飲む&話ばかりする。フランス人でもグラン・クリュを飲むのは記念日とか年に数回だし、日本人みたいにワインがメインではなく食事とワインが必ずセットなので、あまりグラン・クリュワインのみばかりの話はしないと怒られた』と。
やはりそうですか?笑 」
「週末にワインは開けるけれど、ブルゴーニュや村名などです。グランクリュを開けることは滅多にありません。特別な機会に、友人と分かち合いたいときなどに開けるようにしています。」
「因みに生産者は何本くらい受け取るのですか。」
という質問には、
「例えばグリオットだったら3本です。」
とのご回答。
年間通じてあれだけの仕事をして、最終的に自分で飲めるのがたった3本だけという印象が強く、
「可哀想。メルシー」
とのご感想をいただきました。
「そもそも3つのグランクリュはシャルム5樽、グリオット2樽、シャペル1.5樽と少量しか造っていないので、私たち家族が沢山飲んだら日本に出荷できませんよ。笑」
とベルトラン氏。
名残惜しくも今回のオンラインも終了の時間に近づき、チャットでも幾つか質問が届きました。
◆ Y.Y.様から
「フランスワイン、特にブルゴーニュワインは格別ですが、他の国のワインを飲むことはあるのですか?あるとすればどこの国のワインが好きですか? 」
「飲むのは地元のワインが殆どです。生産者の中には外国に招待されて他国のワインを沢山飲んだ経験のある人もいますが、私たちデュガはこの地が好きで、友人のワインが好きで、いつもここにいます。外国のワインを飲むことは滅多にありません。ローヌのコート・ロティやシラーのワインは好きで飲んだりしています。」
◆ Pleur様から
「他の生産者さんとの交流はありますか?もし特に交流がある生産者さんがいたら教えていただきたいです。」
「友人でないヴィニュロンがいないくらいです。私たちは農夫paysanなので、土に足を踏み入れて働いている者同士、助け合っています。それにボルドーと違って自分たちの畑はあちこちに散らばっていますから、日ごろ隣りの区画の生産者と顔を合わせて挨拶を交わしたり、仕事の進み具合や収穫予想などについて話したりします。幼少からの親友はアルノー・モルテ。二コラ・バシュレもとても仲がいいです。」
◆ K.Y.様から
「オーガニックの認証をとる予定はありますか。」
「認証をとる予定はないですが、実質オーガニックに近い栽培をしています。2015年、2016年に完全にオーガニックで栽培しましたが、2016年は天候がとても難しい年だったので収量を大幅に落とす結果となってしまいました。また挑戦します。」
その他に、「趣味」「血液型」について質問したところ、
「趣味はつりです。」
と日本語で答えてくださり、奥様と一緒に社交ダンスもされるとのこと。
日本と違ってフランスでは血液型から性格判断をする事は無いので少し驚いていましたが、
「私の血液型はピノ・ノワール」
とウィットに富んだ回答。本当はO型だそうです(^_-)-☆
オンライン前日の週末にはピュリニー・モンラッシェ村でサンヴァンサン巡回祭が行われ、ベルトラン・デュガ氏はジュヴレ・シャンベルタン村のワイン生産者救済組合長として参加し、守護神サンヴァンサンを担いで行列に加わったとのことです。約90体のサンヴァンサン像がブルゴーニュ中から祭りに賛同し、グランクリュ・モンラッシェの畑を含む7kmの道のりを見事に行進しました。
ボーヌ観光局のブログに、レザンドールより当日のお祭り取材の記事を投稿しているので、ご興味のある方はぜひそちらも御覧ください。(4月に掲載予定)
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