「セイちゃん」こと斉藤政一さん。「セイちゃん」と言えば、ブルゴーニュの仲間の生産者からもその愛称で慕われる、真面目で信頼の厚い若人ヴィニュロンだ。
もう10年も前に、歴史ある老舗ドメーヌ、シモン・ビーズのプルミエクリュ・セルパンティエールに、オーナー夫人の千砂さんに協力してビオディナミを投入し、数年越しの試行錯誤の末一緒に成功したのも彼、女手の造り手ドメーヌ・ルイ・シュニュに男手を貸して、頼りにされたのもこの「セイちゃん」 だ。
日本から遥々いらした今回の女性愛好家の「希望訪問先」は正に知る人ぞ知るの顔ぶれ、レアで変わったものばかりだった。
本当にワインが好きで、常時飲んでいなければ出会えないドメーヌ。
今は無名でも、将来の未知数を感じさせる造り手たち。
自分なりに追求し、丁寧な造りにして謙虚でリーズナブルな値付けをしている、一線の有名ドメーヌからは一歩離れた隠れた造り手たちだ。
私にとっても興味のある造り手ばかりがお客様の手でいかにも大事そうに列記されていたので、この日の出会いと訪問は私自身もとても楽しみにしていた。
その中にあった一つのワイナリーが、斉藤 政一さんのメゾン プティ ロワ だった。
「健康にやさしい」を意識した、試行錯誤の有機栽培。
斉藤政一さんがドメーヌを立ち上げ,順調に名声を上げている記事を目にしながらも、まだ一度も訪問したことが無かったメゾン・プティ・ロワ Maison Petit Roy は,ショレイ レ ボーヌの大きなシャトーの敷地の横に、謙虚に、堅固に立っていた。
日中は仕事があるので夕方17時以降ならとアポイントを受けてくださった斉藤政一さんは、夕方の道をのどかに長ネギを持ってご自宅に戻ってきた。
過去の思い出がフラッシュバックする。今までも何故か歴代の生産者たちが、長ネギを持って帰ってくる姿に出くわしたことがある。ルイ・カリヨン、アンリ・ペロミノ(お二人とも現在は引退して夫々息子の代になっていますが)…そしてその度に改めて思ったことがある。ああ、この人たちは「ワインメーカー」ではない。真に「土に生きる人たちなのだ」 と。
門を開けてもらって中に入ると、花壇ほどの小さなスペースに、柔らかくて美味しそうなレタスが育っていた。正真正銘、政一さんの無農薬栽培のレタス。まるで毎日声をかけられていそうな箱入り娘の野菜たちだった。
ブドウ栽培にも政一さんは同じ理念を持って臨んでいる。
自分で編み出した手造りの有機農薬。SO2ゼロへの挑戦。
最初に見せてくださったのは、ブドウの病気に対効するために植物の力を結集した調剤タンク。
ビオやビオディナミで使われるトクサ、イラクサなどのオーソドックスなものはもちろん、自ら積極的に研究してあらゆる植物の「力」を借り、一般に使用される農薬同等の効果を見込める”不思議な”自家製トリートメント調合液を作っている。
その調剤の一つを少しタンクから注ぎだして臭いを嗅がせてくれた。
単純に、臭い…。私たちは思わず顔を見合わせて笑った。
でも、健康に良い青汁が苦いのと同じように、この液には体に悪いという危険性を感じない。その小さな魔法の調剤庫を、将来は独自のトリートメント剤のライブラリにしたいのだそうだ。
この日の訪問当時、まだ3歳と4歳の幼い姫君たちのお父さん。苦労を共にして一緒に寄り添っていこうと覚悟を決め、一心に支えてくれている若い奥様。
政一さんは一家の大黒柱として、身体を大切に、健康に仕事に励まなければならない。農薬の弊害を受けて体調をこわした農家はこれまでにも沢山いるのだ。この「自然農薬」 なら、家族に心配をかけることもなく、安心して仕事を続けることができるだろう。
18年の白は醸造所のタンクから試飲。
サヴォワのブュジェイ村からブドウを買い付けて造っているアルテス、ブルゴーニュのアリゴテ、そしてシャルドネ。
18年の赤は,地下セラーの樽の中で寝かせている。
コツコツと自らの手で掘ったセラーに、所狭しと並べられた自家セラーには、想像以上にたくさんのミクロキュヴェが"育てられていた" 。ワインの"熟成"を意味する"élevage"は,フランス語では"élever 育てる"から来ている。
斉藤政一さんが到達点をめざすのは、やはり赤ワイン。
醸造所で白ワインの試飲を終えると、私たちを地下セラーに招いて政一さんは言った。
「僕のメインは、赤ワインです。」
ポマールの丘下方の畑 ブルゴーニュ・レ・ゾルム,コルゴルワンからとれるコート・ド・ニュイ ヴィラージュ、ナントゥー からとれるオート・コート・ド・ボーヌ(2018年に始めた新たなキュヴェで、将来が楽しみな面白い酒質でした!)、村名マランジュ、そしてドメーヌの本拠地、ショレイ レ ボーヌ。
自由な香りの幅、自然で優しい滋味。いつまでも傍においてグラスの香りを煽り楽しんでいたくなるワイン。
SО2無添加にも挑戦している。ご自身のドメーヌを持つ前に、長い下積みがあってこそ出来ること。
醸造では何も加えずに、技術の進歩にも頼ることなく、試行錯誤の独自の対処法により丹念に育てたブドウの力を信じて自然に引き出す。
ビオで公的に使える硫黄は牛乳に替えたそうだ。ビオでも3kg/haまで認められている銅は、今年(2019年)はまだ30gしか撒いていないと言う。
見るからにシンプル極まりない単純な醸造設備。要るのは試行錯誤してきた「今の結論」と「これから」。
除梗率はキュヴェに応じて調節。
従来の生産者のテロワールの表現を「枠」として捉えるならば、政一さんのワインにはちょっと意表をつかれるかもしれない。でも、何も加えないなら、それはブルゴーニュのテロワールがまだ見せていない未知数だ。
「日本人の感性で導かれたテロワール」は当然、新しい表情を見せる。
異国の指揮者に導かれれば、潜在観念に囚われずに模範的な優等生の殻の外を冒険できる。
ブルゴーニュが大好きな日本人が造っているんだもの。
テロワールもきっと、日本の農夫と一緒に冒険ができるのを喜んでいる。
2016年ワイナリーを設立、プティ・ロワと命名。
「ネーミングは、全く思いつかなかったんです。」
2016年は春の遅霜の害が厳しい年だったけれど、とにかく形態として母体となるワイナリーを立ち上げないことには、良い話が舞い込んだときにチャンスを物にすることも出来ない。政一さんは独立の一歩を視野にそう考えたそうだ。
「あの時、やっぱり思いきって良かったです。」
と政一さんは笑顔で語ってくれるけれど、次女のメイちゃんが生まれた年なのだから、色々と大変だったろうことは想像に容易い。
「そして翌年、畑を手に入れるチャンスが訪れたのです。」
Petit Roy とは、"小さな王様" の意。
「自分でRoy (roi 王様)です、なんて言うのは相当恥ずかしかったですけど。」
と笑う。
ワイナリー名を思いつかずに悩んでいたとき、奥様に言われたのだとか。
「あなたは、ロワ(王様)でしょ。」 って。
…確かに。
「セイちゃん」はいつだって謙虚で優しい若者のイメージだけれど、自分のワインを造ること、「ブルゴーニュ」という憧れのワインの聖地で、フツフツと心に温め続けた強い意思がある。それを周りで見ていた私たちも是非目的を達成してほしいし、この先の成長を見届けたい…。
Petit Royと聞いたとき、私個人的には Petit Prince にも重なる気がしていた。
サンテグジュペリの人類愛。飛行。
自分を有名にしようとした人ではないのに、その作品から慈愛が伝わってきて、時代を超えてファンがいる。
「セイちゃん」のワインはこれからも成長して変わっていくだろうと思う。でも、基本の考えはきっとずっと変わらないでいるだろうと思う。
力まずに「自然」から生まれる、未来のワインの成長株。「これから」がとても楽しみなドメーヌです!
プティ・ロワ 現在のラインナップ
白ワイン
Bourgogne Chardonnay
Bourgogne Aligoté
Saint Romain Les Perrières
Altesse
赤ワイン
Bourgogne de Sousa
Bourgogne Les Lormes
Bourgogne Souvenir
Bourgogne Hautes-Côtes de Beaune
Chorey-lès-Beaune
Côte de Nuits-Villages
Maranges Bas des Loyères
スパークリングワイン Vin mousseux
Fou du Roy
(2019年6月20日訪問)
著者 ブルゴーニュ・レザンドール
裕子ショケ
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